空色に、薄紅がひらひらと舞う。

穏やかな陽気だった。柔らかい日差しが地上へ光と温い熱をじわりじわりと与えている。

それとは裏腹に、光が届かない薄暗い常緑樹に囲まれた一端。一本の桜が鮮やかな桃色をその薄
暗闇に投げ出していた。花びらは下段の枝に目を移すにつれそ
の紅さを増している。




ぎし、ぎしり。とその中の一本の枝が軋みを訴えていた。




そこにはぶら下がる白い二本の、生者であったであろう人間の、脚。
「あ、」
それを見つけたのであろう少女は、悲鳴を上げるでも怯えるでもなく、まるで買い物で目当ての
物を見つけたかのような笑みを浮かべて。
「あった」
満面の笑みで呟いた。








「見つけたよ。でも、私じゃ何にも出来ないからそのままにしてきちゃった」
少女はくるくると笑い、先刻の出来事を目の前の青年に話していた。青年は青年で、そんな楽し
そうな少女を微笑を浮かべて見る。
「ご苦労様だったね」
一通り話を終えた少女の頭を、青年は撫でた。その行為に、少女はまた笑う。

「でも、何で桜なのかなあ」
青年から差し出された紅茶に角砂糖をひとつふたつと入れながら首を傾げる少女に、
「所謂都市伝説だよ。人達のそういった意識の、賜物と言った所ではないかい?」
す、とティースプーンを渡して角砂糖の瓶を下げながら青年は答える。


「桜の下に死体、等の話はただ人達がその美しさをより際立たす伝説のようなものだよ。そもそ
も桜は名前の語源の説のひとつとして、稲(サ)の神が春の里
へと降り立つ為の座(クラ)だったからだとされている。つまり桜の樹木は神を降ろす為の依代だっ
た。
例えばそこからその都市伝説に派生したとして……桜の木の死体はもしかしたら神への贄、とで
も言えば良いのかな」


青年は少女へ、子供に何かを言い聞かせる親のように優しげな笑みを讃えて話す。
だが少女はその話に首をまた傾げながら、甘い紅茶を喉へ流していた。
「まあこんな話は…あまり関係のないただ一介の解釈でしかないけどね」
ふう、と溜息を吐いて青年はまだ温かい焼菓子を少女の前へと差し出した。少女は出された菓子
を手に取って嬉しそうに頬張る。



「どうするの?華玉さん」
華玉と呼ばれた銀髪の、喪服のような黒を身に纏った青年はただただ微笑をその顔に浮かべてい
る。
「さて…どうしようか?葵」
葵と呼ばれた少女は、薄い茶の髪を肩口で揺らしながら華玉へ笑いかけた。










それから更に数刻。
薄暗闇に立っていたその桜は夜闇の中でひらひらと薄紅を落としていた。

その桜の下に葵と華玉はいた。何もすることなくただ、その揺れる枝の人間の脚を見ていた。



ぎし、ぎしり。とまだその場所で、脚は枝を軋ませていた。



二本の脚は、まるで桜から枝が生えるようにそこから生えている。
脚だけではなかった。別の場所ではまるで枝と同じように白い腕が真っ直ぐと幹から突き出てい
た。

人間を冒涜しているのか、桜を冒涜しているのか。
その奇怪な樹はただ何をするでもなく佇んでいる。


「掘り返してみるかい?」
華玉は葵を見ながら、微笑を貼付けた顔でそう問うた。
「ううん」
その奇怪な姿を晒す桜から目を離さずに葵は答えた。


「囁かれた噂はやがて真実となる事がある。よく覚えていたら良いよ、葵」
「うん…そうだね」





ざあ、と勢いよく風が吹いた。

先程まではらはらと花びらを散らしていた桜は、忽然と姿を無くしていた。
まるで最初からそこに、桜の木等存在していなかったように。







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葵と華玉は大分前から存在しているキャラクターです。
元々短編話のキャラですがこういう意味分からん話にはもってこいの摩訶不思議なキャラが一番
動かしやすいという。

桜というありきたりなテーマを持ち出して書くのは勇気いりますよホント。






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